【No one left behind】365日の1日を。メッセージを運ぶTシャツ【大津司郎のアフリカ目撃】【黒】
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【No one left behind】365日の1日を。メッセージを運ぶTシャツ【大津司郎のアフリカ目撃】【黒】

¥4,000 税込

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365日の1日だけでも。 1日だけでもこのTシャツを着てアフリカの人々に想いを馳せて、彼らのメッセージを運んでみませんか。 【No one left behind】 No One Left Behind/誰一人残すな、すべて救い出す <撮影日/1994年8月> <描いた日/2019年3月> <場所/キブンバ子供キャンプ> <背景&現地> となりのザイール(現コンゴ)に逃げたフツ族難民たちが暮らすキャンプの中でも、とくに戦乱の最中、あるいは逃げる途中親と別れ別れになった子供たちを収容するキャンプがあった。エンドーショ子供キャンプといった。それ以外にもいくつかのそうしたキャンプがあった。 ユニセフがゴマ(ザイール、北キブ州の州都、ルワンダ国境に近い)の町を浮浪するそうした子供たち/ストリート・チルドレンを探し集める活動をやるというので同行した。一日だけでたくさんの子供たちが集められ、何か所かのキャンプに送られた。わたしが乗り込んだトラックの荷台には30人近い子供たちが詰め込まれていた。近くのキャンプは満杯だというので、トラックは新たにキブ湖畔に作られたキャンプに向かって走った。 毎日ろくな物も食べてなかった子供たちの中にはぐったりしてトラックの床の上に横たわり吐いたりする者もいたが、それでも元気な子供たちは新しい住むところが見つかったうれしさからか手をたたき歌ったりもしていた。わたしはカメラを回し続けた。 その中に、両目が腫れ上がり顔全体がむくみ元気のない子がいた。10歳くらいな気がした、わたしはとくに気にかけ見ていた。トラックがキャンプに近づくと、子供たちから何故か、一斉に拍手と歓声が上がった。とにかく新しい住処だ。ここで安心して眠れるのだ。食べられるのだ。大人たちに暴力をふるわれることもない。 次々から車から降ろされてゆく子供たちだった。 だが、顔がむくみ元気のない男の子はそこで降ろされなかった。ドクターの判断で、メインのキャンプ(エンドーショ)に連れて帰り加療を施すことになった。かなりの栄養不良のようだ。 夕暮れが迫ったエンドーショ・キャンプに着くと男の子は、迎えに来た医師に抱えられクリニックに連れて行かれた・・・・ 画(え)は、まさにトラックの荷台から降ろされスペイン人の医師に抱きかかえられ連れて行かれるカットだ。 翌朝、キャンプを訪ねると、わたしは男の子に会うことができた。見違えるような少年がそこにいた。すっかりむくみは取れ、普通の姿になっていた。元気も戻ってきたようだ。 わたしは聞いた。 〝名前はなんていうの?〟 〝フセンギ・ユンバ〟 〝歳は?〟 〝11歳〟 〝お父さん、お母さんはどうしたの?〟 〝殺された〟 戦争、武力紛争…なんと呼ぼうが、もっとも辛く、苛酷な思いをするのは子供たちだ。 あれから25年、生きていればフセンギは36歳だ、今どうしているのだろうか・・・ ーーー ◆アフリカを往復して50年、旅から紛争地取材まで、その時々のリアルをスナップ・ショットしてそれを鉛筆で描き、さらにTシャツにプリントしました ◆世界にたった一枚しかないその時、その場のストーリーを着ていただけたらうれしいです ◆男も女も子供たちも、今、どうしているのだろうか?生きているのだろうか?いつもそのことをわたしは思いながら描いてます ◆一枚の小さな画とTシャツを通して少しでも過去から現在のアフリカを知ってもらえたらうれしいです 【自己紹介】 1970年、アフリカで農業をやろうという仲間を代表して、はじめて横浜の港から船でアフリカに渡る、ヒッチハイクと路線バスで東アフリカを旅しました、その後---- 1973年、「サハラ干ばつ救援委員会」設立、ナイジェリア、チャドに救援物資を届ける、大統領府、チャド赤十字に寄贈 1975~77年、青年海外協力隊でタンザニア(ダルエスサラーム)に赴任 その後から現在~ 2つ(①②)の仕事、そして③アフリカ紛争取材(映像)ジャーナリスト ①テレビ番組アフリカ関連コーディネーター おもな番組:「世界不思議発見」「24時間テレビ」「世界の果てまでイッテQ」「情熱大陸」「番記者」「ダーウインが来た」「驚異の世界」「宇宙船地球号」「未来世紀ジパング」「カンブリア宮殿」「NHK国際放送/ライジング」他各局「特番」等多数 ②ツアー・ガイド A:アフリカ・スタディツアー 学生を中心に若者、社会人をアフリカのホットな現場-難民キャンプ、虐殺現場、元少年兵施設、スラム、孤児院、学校、経済成長の現場(IT関連、TV局、証券取引所等)-、にお連れしてジャーナリズムの視点から問題を体感、解説/訪問国はルワンダ、タンザニア、ケニヤなど B:サファリツアー マサイマラ(ケニヤ)、セレンゲティ(タンザニア)等の大自然、ヌーの川渡りを中心に案内 ③アフリカ紛争取材 母の死(92年3月)から9か月経った12月、一応内戦が収まったソマリアに〝人道支援(救援食料が被災者に届くよう力による安全な環境の創設、NGOの保護など)〟の目的で完全武装のアメリカ軍、3万人が上陸した、それを知り何故かわたしは自分で8mmビデオを持ってソマリアに飛んだ、それ以前、釈放から3か月たった90年5月、南ア解放運動のリーダー、ネルソン・マンデラ氏をソウェトの自宅に直撃インタビュー、その辺りがジャーナリズムへのきっかけかも知れない、その後、ルワンダ、コンゴ(ザイール)、スーダン、アンゴラ、ソマリア、ウガンダ、ブルンディ、チャド、さらにイラク、インドネシアなど紛争地を取材、日本には伝えられないが、世界の最前線を伝えてきた、数え切れないくらい多くの人間たちと出会い、握手し、話を聞き、そしてカメラを回し続けた、そしてふと目にした風景をスナップショットした text by Otsu Shiro Youtube再生リスト:アフリカ紛争取材ジャーナリスト 大津司郎 https://www.youtube.com/playlist?list=PLri6O_ZNqIvEBT4Y9YC4CnLXiPfaTrSxw 【メッセージを運ぶ】アフリカ紛争取材ジャーナリスト 大津司郎 vol.1 https://youtu.be/luJH-lUWwPI 【なぜアフリカ】アフリカ紛争取材ジャーナリスト 大津司郎 vol.2 https://youtu.be/tvG69tmuelE 【アフリカ鉛筆画の始まり】アフリカ紛争取材ジャーナリスト 大津司郎 vol.3 https://youtu.be/pdfSbgWOp7M 【アフリカ鉛筆画の向こう】アフリカ紛争取材ジャーナリスト 大津司郎 vol.4 https://youtu.be/oQZsfvI11dE ※ ご注文頂いてから2週間程でのお届けとなります。 ※ ポスト便でお届けします。 ※ XS、XLサイズご希望の方はお問い合わせからご連絡ください。 ※ 送料無料です。